愛子宿めぐり

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牛頭天王(ごずてんのう)を祭神とする神社で、災害や疫病からの守り神として崇敬(すうけい)されています。

天保3年から天保8年まで続いた天保の飢饉(ききん)によって、この地域の百姓、特に若者が飢えと疫病で沢山亡くなったと諏訪神社の筒粥記(つつかゆき)に記されています。明治16年(1883年)町内の有志が愛知県津島祇園神社に詣でて、分社を許され、愛子小学校跡に御社(おやしろ)を建てました。 毎年旧暦の6月14日に祇園神社まつりが行われています。


■天保の飢饉
飢饉とは何らかの原因で人々が飢え苦しむことを指します。江戸時代には三大飢饉、または四大飢饉と言われる日本全国に被害を及ぼす飢饉がありました。
天保の大飢饉は、1833年から1839年まで続き、原因は大雨による洪水や冷害だといわれています。


■愛子小学校(旧)
この場所に、1873年に教師3名生徒数120名で設立されまさた。1889年には広瀬小学校と改名され、1928年に現在の広瀬小学校の場所へ移動しました。

■役場跡
1956年(昭和31年)には、この場所には旧広瀬村役場(現在の商工会議所)から宮城村役場が移設されました。1979年に現在の新庁舎に移動するまで宮城町役場として使われていましたが解体されました。

■English
Tenno (Susanu no Mikoto) was revered as a guardian protecting people from disaster and epidemic. During Tempo year (1831 to 33), a large number of people died due to famine in Aiko. Because of that, in Meiji 16 (1883), volunteers visited the Tsushima Gion Shrine where the head office is located in Tsushima City, Aichi Prefecture. The God is requested the worship and set in Aiko elementary school at that time. Every year the Gion festival is held on Jun.14 on the lunar calendar.

■中文
中国語説明



■韓国語
韓国語説明



天王さん

対馬祇園社は、地元では天王(てんのう)さんと呼ばれ親しまれています。旧歴6月14日のお祭りは現在では地元方々によって静かにとり行われていますが、昭和30年代以前は天王さん祭りと呼ばれ、露店が並び、お神輿を担ぎ、子ども相撲大会も行われていたといわれています。娯楽の少ない当時は大盛況のお祭りであった。

対馬祇園社祭り